建設

元設計士が語る!建築設計の“きつい”部分 《設計者に向いていない設計者の苦労》

学生時代は入学した時から言われ続けました。

建設業界は3Kだから覚悟しなさい、と。

きつい、汚い、危険。

現場に常駐しない設計者には2つのK(汚い・危険)は当てはまらないかも知れませんね。

では設計者にとってのK(きつい)とは?

 

施主と現場を繋ぐ役目


事務所内でパソコンに向かっている時間の方が多い設計士は、現場の苦労を知らないと工事の技術者からお叱りを受ける事も多々。

設計者にとっては図面に描くだけの簡単な作業でも、実際にそれを形にする現場にとってみれば、大変な事。

追加の工事など施主側の要望を受けて図面を描いてそれを持って現場へ相談してみれば、それこそ「机上の空論(予算的に)」と一蹴されてしまう事もしばしば。

 

施主の要望、現場の都合、予算、建築基準法、方々からの意見や制限の中で、限りなく良い設計と設計者であらねばならない。

こういったきついプレッシャーは常にあると思っています。

 

とは言え、それは恐らく設計者に限った事ではありません。

現場監督や技術者、職人の人達も同じように施主や施工会社、予算や工期に挟まれて日々仕事をしています。

 

では設計者ならではのきつさとは?

設計者によって様々とは思いますが、私の場合はちょっと珍しいパターンかもしれません。

 

設計者としてのレベルアップ


例えば住宅や事務所ビル、店舗や診療所など、敷地の状態や建物の用途、内容がよほど特殊な場合でない限り、
設計する事自体が難しい!とか、どうしても要望通りに収まらない!といった事はあまり無いです。

設計の知識や経験が少なくとも、定められた基準の中で、それなりに設計図の形にすること自体はそんなに難しくは無いのです

 

明らかにきれいに収まっている図面。

明らかに使いやすそうな間取り。

ぱっと見て明確に良い設計図というのは、内容もそうですし、図面の見易さもそうです。

これは設計者としての経験値によるもので、これも自然に身についていきます。

 

問題なのはその後の設計者としてのレベルアップが出来るかどうか。

基本的な事がきっちり設計出来ていて、さらにその設計者ならではの工夫が出来るかどうか。

必要最低限の設計から、どれだけその設計に色を付けていけるか。

これが施主にとっても「いい設計者」なのかどうかの違いになってきます。

 

問われる才能やセンス

施主の要望以上に設計者が自分で考えていく部分はとても多いので、やはり設計者のセンスというものが明確に現れる箇所です。

同時に設計者の好みなども大きく反映されてしまいますが・・・

 

外装やエクステリアなどは、多くの人目にもつくので、外回りをデザインするという能力も必要になってきます。

同じ平面図を元に立面図や仕上表を作っていった場合、設計者が違えば、おそらく全く違った建物が出来上がります。

 

平面図を設計する以上に、立面図や仕上げを決めていく工程が苦手という設計者も少なくは無いのではないでしょうか。

私もその一人でした。

自分のセンスに全く自信がなかったのです。

 

越えられない壁


元々の能力であって、持っていない人がその力を身につける事は、不可能ではないけれど、
センスや才能を磨くことは難しく、時間のかかるものです。

デザインなどもやはり才能がある人と比べると、自分の能力は弱いと感じざるを得ませんでした。

施主の要望を図面の中に収める事や、図面を見やすくきれいに描く事は、経験の中でかなり成長していると仕事をしながら感じていましたが、やはりインテリアやエクステリアのセンスは目に見えた成長が無く・・・

 

期待に応えられない悔しさ


自分の中でそれなりに満足のいく設計が出来たとしても、
「もし自分以外の人が設計者だったら、もっと素敵なデザインだったんだろうか」とどこかで思わずにはいられませんでした。

「設計士さんのセンスにお任せします」なんて曖昧で直球な要望が入った時にはもう・・・

自分を信じて色々と相談してくれる施主に対して申し訳ない気持ちになったり、センスのいいものを作れない事を悔やんだり、成長できないと言う思いが、自分にとって「重荷だ、自分には向いてない、出来ない、つらい、きつい」と感じさせていたんだと思います。

 

まとめ

どんなに頑張って勉強しても経験重ねても、センスや才能がある人に及ばないなぁ、と挫けてしまうと中々モチベーションを維持していくのも難しいです。

 

つらい部分をどう乗り越えるかはその後の人生にも大きく影響します。

「生まれ持ったもの」と「気持ちの問題」ですから解決方法も難しい。

でも、もしかしたらちょっとした捉え方や考え方の違いで何とかなる事もあるかも知れません。

ちなみに私はセンスが無い事をこだわりや雑念を持たないシンプルで機能的な設計と言い換え、施主の要望をしっかり反映させ、自分の好みやこだわりは一切主張しない。

そいう意味で「いい設計者」なのだと言い張り続けていました!